誰でも人生はドラマ
いつも通り21時頃に会社を後にし、駅構内の階段を降りている時に社用iPhoneのバイブが鳴った。
画面を見ると社内メールが見られるアプリの通知で、内容は同期からの【ご報告】というもの。
違う道を選んだ彼
一身上の都合で夏一杯で会社を辞めることにした、とのことだった。
彼は同期の誰しもが認めるほどに働いていた。
正しくは"働かされていた"のかもしれない。
仕事中の彼を見たことは一度も無かったが、彼と同じフロアで働く同期は皆同じことを言う。
実際、休日出勤で俺が買える際に出社する彼と遭うことも多かった。
医務室のオバちゃんとの会話でも同期内で最も働いてるのが彼と確信することは難しくなかった。
先週、細やかながら同期が集まり送別会をした。
驚くほどに湿っぽくならず、寧ろ久々に同期が集まるということに皆が喜んでいたのかもしれない。
いつも勝気でお酒の席では強者となる女の子が彼の挨拶で泣いてしまったくらいで、笑いが絶えない会だった。
送別会と言っても名前だけと言っても過言ではなく、色紙贈呈と彼からの挨拶以外は同期会と変わりはない。
けど、いつもの飲み会よりも彼の周りに集まる人は多かった。
ほぼ全員が終電で帰り、終電をとうに逃していた俺は行けるところまで電車で行き、そこからタクシーで帰ることに。
偶然、彼と一緒の電車で帰った。金曜の終電ということもあり、車内には今にも吐きそうな友人を2人がかりで肩を貸している若者集団などがいて、彼と俺はそれを見てたりしていた。
電車の終着駅で彼と降り、タクシーの方面が一緒ということで同じタクシーへ乗り込んだ。狭い車内でのひと時。恐らく、彼としっかり話す時間と言うのは、これが最後になるんだろうと強く感じた。
会社を辞める理由と辞めた後のことを、彼はメールに書いていたわけでもなく、送別会の挨拶の時に話していたわけでもなかった。
少しシャイな彼の性格だからか、あまり話したくない内容だからかは分からない。
飲み会の席で周りの会話から大体の推測はたっていた。
仕事の辛さが退職の要因ではないようだった。
「辞めたら、地元で〇〇(次の職業)するのか」
「うん。結構地元イイカンジの場所でさ。都会っぽく見られるけど下町情緒みたいのあって良いんだよ。」
たわいのない会話だったけど、前向きな彼の姿勢を感じ取られ温かみを覚えた。
彼の降りた場所は確かに彼の言うとおりどことなく下町の雰囲気が漂う場所だった。
「月末まではいるからさ、気軽に声かけてよ」
いつもの笑顔でそう言い残し彼はタクシーを降りて行った。
俺達は社会人2年目。
まだまだこの先の人生なんて分からない。今の会社にいて将来のビジョンが見えている人なんか殆どいないだろう。上に登り詰めていくやつもいるだろうし、転職するやつもいるだろうし、寿退社する子もいるだろう。
彼は同期の中で一番早く新たな可能性を選んだ。
数年後に会っても、変わらず男前な笑顔を見せてくれることは間違いないんだろう。
寂しいのに、スゲー温かい出来事だったわけです。